ほろ苦いホンモノの味

1本500円で買える安物赤ワインと3,000円の赤ワインとの差は、ワインの味がよく分からない私にも、何となくわかるような気がします。では、1本3,000円と1本30万円の超高級ワインとの味の差は?皆さんは、その違いを味わう自信はありますか?

先日、知人のコーヒー焙煎職人に開催してもらった「ホンモノのコーヒーを味わう集い」で、とてもほろ苦い体験をしました。今日はその体験談をお話します。

その集いは、普段美味しいコーヒーを飲み慣れていない私を含む知人数人が、かねてから「ホンモノのコーヒーは違うぞ!」と仰ってたプロのコーヒー焙煎職人に対し、ホンモノの味に触れさせてもらうという企画で集いました。

コーヒーの味は、焙煎技術で8割決まるとのこと。そして、最適な焙煎をおこなうには、その日の天候や湿度、生豆の状態等、都度異なる不確定な要因を見極める知識と経験が問われる、まさにカンコツの職人芸。そんな奥の深いコーヒーにまつわる四方山話を聞きながら、いよいよホンモノ体験の開始です。

焙煎職人が、「コーヒー通を唸らせた秘蔵の焙煎豆」を取りだし、我々の目の前で挽き始めます。お湯の温度加減にも気を配りながら、プロに淹れてもらった、ホンモノの味は如何に?

皆から感動と絶賛の言葉が発せられると思いきや、そこには沈黙の嵐が渦巻いていたのでした。普段は饒舌なメンバーも、味の感想を述べることなく、神妙な顔つきで黙々と試飲を続けておりました。その時の、私の心の動きはこんな感じでした。缶コーヒーとマックコーヒーを飲み慣れている私は、ホンモノのコーヒーはどれだけ美味しいものかと、ワクワクしながら口にしたところ、イメージとは異なるコーヒーの味が口の中に広がりました。美味しいはずのコーヒーが、私にはわからない。「えっ、こんなはずじゃ」と2口3口飲むものの、ホンモノの素晴らしさが、私にはわからない。わかったことは、唯、自分の舌が市場に氾濫するまがい物に毒されていた現実でした。

 今回のコーヒーの一件は、現代日本を取り巻く風潮の象徴的な出来事のように思いました。何事を極めるにせよ、ホンモノに到達するには血と汗が滲むような努力と根気が必要でしょう。他方、技術革新が進んだ現代、安くカンタンにホンモノに近い質を手に入れることが出来るようになりました。ホンモノと疑似品の差は紙一重まで近づき、一般の人にはその差が分からないレベルにまで達しています。安さと手軽さを求めることに慣れてしまった私たち消費者は、ホンモノの価値を評価出来ない、評価しようともしない風潮になっています。自然と、ホンモノを提供しようとするこだわり職人は淘汰されていきます。

 では、ホンモノと疑似品を隔てる紙一重の差は何か?私は、ホンモノを受け入れる、消費者側の心のゆとり、人生に注ぐ潤滑油の差だと感じました。ホンモノを求める本物の消費者には、ホンモノの裏にある全てを理解しようと努力し、その全てを愉しむ技量と心のゆとりが問われます。彼等は、ホンモノの質に高額なお金を払っているのではなく、ホンモノを理解しようとする自分の向上心、その本質が理解でき始めた時に生まれる作り手への敬意、そしてその紙一重の差を愉しむ心の贅沢を追い求めているのではないでしょうか?

ホンモノを理解しようとする努力のかけらも払っていない私に、一口飲んだだけでホンモノのコーヒーの味がわかる訳が無い。今回は、そんなほろ苦いホンモノのコーヒー体験でした。

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