月別アーカイブ: 5月 2011

米国返品制度事情

GWに奈良へ遠出した際、イオンモール橿原の内にある全米最大規模のスポーツ専門店Sport Authorityに行ってきました。在米時代は随分お世話になっていましたが、日本では初めてです。店のレイアウトは、アメリカの店とほぼ一緒ですが、日本のモールにも馴染んでいます。というか、日本国内で全国展開している大型スポーツ専門店のXEBIOやSUPORTS DEPOはSPORTS AUTHORITYをコピーしているので、ある意味、日本の大型スポーツ専門店との差は一見殆どありません。 唯ひとつ、他店と異なるアメリカらしい制度が、返品ポリシー。「未使用品に限る」という条件付きですが、購入後90日間以内であれば、返品OKという内容でした。 本場アメリカ流通業の寛大なる返品ポリシー合戦は、それはそれは凄まじいモノです。「消費者保護」の美名のもと、レシートさえあれば、返品理由や商品の使用有無は関係ありません。日本では、というより、アメリカ以外の国では、購入後に失敗したと思いたくないので、購入前に商品についての検討を色々と行うのが基本です。一方アメリカでは、返品が無条件でOKなので、「まあ、使って気に入らなければ返品すればよいのだから、取り敢えず買ってみるか」が基本です。こんな消費者心理が働くことが、消費大国アメリカを生む要因になっているのかもしれません。 多様な国アメリカですから、この返品制度を悪用する消費者も結構います。結婚式用のドレスを購入し、価格タグを外さずに一日だけ着用。式が終わって返品。海外旅行用にビデオを購入し、帰国後返品。スーパーボウル(アメフトの決勝)の前日に大型液晶テレビを購入し、皆で鑑賞後に返品。枚挙にいとまがありません。かくゆう私も、キャンプ場で大切なキャンプ道具の忘れ物が発覚。近くのKマートというディスカントストアで調達後、一日だけ使って返品した確信犯歴の持ち主ですが… クリスマスギフトには、ギフトをもらった人が気に入らなければ返品できるよう、レシートをギフトに同封して贈る方法が一般的になっています。そのため、クリスマス後はどの店も返品カウンターが長蛇の列。可笑しな国です。 さぞかし流通業にとって頭の痛い問題だろうと思いますが、消費者から返ってきた返品で一番被害をこうむるのは、もちろん流通業者ではありません。彼らは寧ろ寛大な返品ポリシーを、販促の一環として、競って使っています。そのしわ寄せは、商品の納入メーカーが一手に引き受けさせられます。(客からの返品は、無条件で納入メーカーに返品されてきます。) 私は在米時、消費財家電品のマーケティング部に所属していたのですが、返品後の対応には常に頭を悩ましておりました。私が勤めていた会社は真面目(?)な会社でしたので、消費者返品はどんなにきれいな状態でも、良品として再販することはありませんでした。商品の状態をランク付けし、程度のよいB級品は米国内のアウトレット内にある家電店等に販売し、程度の悪いB級品は、中南米やその他第三諸国へコッソリ(?)流していました。 アメリカの流通業は、他の先進国を圧倒する差でトップレベルを独走しています。日本を含めた全ての先進国では米国流通業をベンチマークとし、5年後にはその形態が定着してくるのが常です。 確かにアメリカの流通業は進んでいます。が、この行き過ぎた返品制度だけは、後追いしないことを願ってます。なぜなら、この制度は消費者の商品に対する厳しい目を弱めてしまうから。日本のモノづくりの力が弱まる大きな原因になってしまいます。。。 ≪お断り≫ いつもブログをご覧になってくださり、ありがとうございます。誠に勝手ながら、都合により、ブログを当面休止させて頂きます。いつもご覧になってくださっている方、ごめんなさい。。。

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ほろ苦いホンモノの味

1本500円で買える安物赤ワインと3,000円の赤ワインとの差は、ワインの味がよく分からない私にも、何となくわかるような気がします。では、1本3,000円と1本30万円の超高級ワインとの味の差は?皆さんは、その違いを味わう自信はありますか? 先日、知人のコーヒー焙煎職人に開催してもらった「ホンモノのコーヒーを味わう集い」で、とてもほろ苦い体験をしました。今日はその体験談をお話します。 その集いは、普段美味しいコーヒーを飲み慣れていない私を含む知人数人が、かねてから「ホンモノのコーヒーは違うぞ!」と仰ってたプロのコーヒー焙煎職人に対し、ホンモノの味に触れさせてもらうという企画で集いました。 コーヒーの味は、焙煎技術で8割決まるとのこと。そして、最適な焙煎をおこなうには、その日の天候や湿度、生豆の状態等、都度異なる不確定な要因を見極める知識と経験が問われる、まさにカンコツの職人芸。そんな奥の深いコーヒーにまつわる四方山話を聞きながら、いよいよホンモノ体験の開始です。 焙煎職人が、「コーヒー通を唸らせた秘蔵の焙煎豆」を取りだし、我々の目の前で挽き始めます。お湯の温度加減にも気を配りながら、プロに淹れてもらった、ホンモノの味は如何に? 皆から感動と絶賛の言葉が発せられると思いきや、そこには沈黙の嵐が渦巻いていたのでした。普段は饒舌なメンバーも、味の感想を述べることなく、神妙な顔つきで黙々と試飲を続けておりました。その時の、私の心の動きはこんな感じでした。缶コーヒーとマックコーヒーを飲み慣れている私は、ホンモノのコーヒーはどれだけ美味しいものかと、ワクワクしながら口にしたところ、イメージとは異なるコーヒーの味が口の中に広がりました。美味しいはずのコーヒーが、私にはわからない。「えっ、こんなはずじゃ」と2口3口飲むものの、ホンモノの素晴らしさが、私にはわからない。わかったことは、唯、自分の舌が市場に氾濫するまがい物に毒されていた現実でした。  今回のコーヒーの一件は、現代日本を取り巻く風潮の象徴的な出来事のように思いました。何事を極めるにせよ、ホンモノに到達するには血と汗が滲むような努力と根気が必要でしょう。他方、技術革新が進んだ現代、安くカンタンにホンモノに近い質を手に入れることが出来るようになりました。ホンモノと疑似品の差は紙一重まで近づき、一般の人にはその差が分からないレベルにまで達しています。安さと手軽さを求めることに慣れてしまった私たち消費者は、ホンモノの価値を評価出来ない、評価しようともしない風潮になっています。自然と、ホンモノを提供しようとするこだわり職人は淘汰されていきます。  では、ホンモノと疑似品を隔てる紙一重の差は何か?私は、ホンモノを受け入れる、消費者側の心のゆとり、人生に注ぐ潤滑油の差だと感じました。ホンモノを求める本物の消費者には、ホンモノの裏にある全てを理解しようと努力し、その全てを愉しむ技量と心のゆとりが問われます。彼等は、ホンモノの質に高額なお金を払っているのではなく、ホンモノを理解しようとする自分の向上心、その本質が理解でき始めた時に生まれる作り手への敬意、そしてその紙一重の差を愉しむ心の贅沢を追い求めているのではないでしょうか? ホンモノを理解しようとする努力のかけらも払っていない私に、一口飲んだだけでホンモノのコーヒーの味がわかる訳が無い。今回は、そんなほろ苦いホンモノのコーヒー体験でした。

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