月別アーカイブ: 3月 2011

Taxi drivers

「自動車」を通じて見た文化比較論第3段は、タクシー比較をしてみたいと思います。皆さまの予想通り、サービス度No.1は、何と言っても日本のタクシー。世界に類を見ない自動開閉ドア、安全運転度、ぼったくり度(遠廻り・不正メーター)から言って、他を寄せ付けません。まあ、日本のタクシー運賃も、恐らく世界トップクラスではありますが。。。    先進国のタクシー運賃は、日本のタクシー代とさほど大きな差はありません。その中、群を抜いて安いのが、香港とシンガポール。感覚的に、日本の半額以下という感じです。まあ、これは狭い国土事情もあり、住民が自家用車を所有しなくても安価に移動できるための政策の一環で、タクシーのみならず、バスや電車も日本の半額くらいの感覚でした。一方、一般庶民が自動車を所有しないよう、自動車の価格設定はとてつもなく高いです。日産マーチが一台何と600万円!賛否両論ありますが、都心部の交通規制が働き、個人的には良い制度だと思います。  シンガポールのタクシー代が安い理由の一つとして、タクシーの外観を走る広告塔としている点も見逃せません。両サイドは勿論、屋根の上から、タイヤのホイールまで(走行中もホイールの広告は回転せず、広告の役割をする特殊ホイールもあります!)、「ここまでやるか!」というくらい、徹底しています。    タクシー運転手は、海外では移民の人が比較的就きやすい職業ということもあり、アメリカや欧州では、外国人ドライバーも結構多かったです。また、ごくごく一部のドライバーですが、乗客情報を犯罪組織に売る悪質ドライバーもいるようです。家族で自宅から空港までスーツケースを積んでいくような場合は要注意。ドライバーに「我が家は旅行で数日間留守になりますよ」と言っているようなものなので、迎えを家まで来てもらうのを避ける必要がありました。また、東南アジア等、発展途上国でのタクシーでは、ぼったくりは日常茶飯事。空港や駅で客待ちをするタクシーは特に注意が必要なので、価格が安い半面、結構神経を使います。   一方、犯罪の多い地域では、現金を持つタクシードライバーは、犯罪者の格好のターゲット。色々と防御策をタクシードライバーはしているようですが、特に凄かったのが、中国シンセン地区のタクシーです。運転席が鉄格子で囲われ、運転席の裏(後部座席面)には、防犯用の鉄板が装着していました。私が駐在していた2001-2004年当時は、後部座席にシートベルトもない状態。自動車事故に遭った際、本来は一番安全な「運転手の後部座席」が、シンセンのタクシーでは最も危険な場所です。「乗客の安全より、運転手の安全がまず第一」という、非常に分かりやすい(?)タクシー会社の経営ポリシー。まあこれも、それだけタクシー運転手を狙った犯罪が多いということの表れだと思いますが。(下の画像は、グーグル画像検索よりコピー。なお、2005年以降、この鉄格子は急速に取り外されているようです。)      タクシーに乗れば、その国やその都市の文化をある程度感じることができます。そんなこともあり、タクシードライバーにスポットを当てた、素晴らしい映画もたくさんありました。有名な作品では、マーティン・スコセッシの「タクシー・ドライバー」。当時の病めるアメリカ社会を、狂気なタクシードライバーを通じて描いた秀作です。日本にも、崔洋一氏作品の「月はどっちに出ている」という、日本社会への痛烈な批判を、コメディーというオブラートに包んで仕上げた作品がありました。     そして、何といっても、奇才ジム・ジャームッシュが1991年に制作した「ナイト・オン・ザ・プラネット」。世界5つの都市を舞台に、タクシードライバーと乗客の間で繰り広げられる何気ない人間模様を、オムニバス形式で綴った作品です。日常生活のひとコマを映画にしたような内容なので、涙もドキドキも感動もありません。そんなシンプルな場面設定ですので、ジム・ジャームッシュの真骨頂が大いに発揮された作品に仕上がっています。各短編とも、各都市のエッセンスを上手く凝縮した、味わい深いストーリー展開。その中、私が一番好きなのが、ニューヨーク編。そのストーリーを思い起こすだけで、思わず笑みがこぼれてきます。  未観の方は、ぜひcheck it out!  『ナイト・オン・ザ・プラネット』という映画には意義や意味などない。モラルもなければ教訓もない。何かあるとすれば、この、地球というプラネットの、日常のささやかなディテールに、時折見いだされることのある、偶然のような美しいものがあるだけだ -ジム・ジャームッシュー    

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愛すべきゲルマンドライバーたち

今回は運転マナーのお話です。「世界で一番運転マナーの良い国は?」と問われれば、北欧諸国、そして日本が群を抜いていると思います。 運転マナーはその国の習慣や歴史的背景に負うところも多い故、我々から見てひどいマナーでも、その国では問題視されないことは多分にあります。したがって、「日本人から見た運転マナー/習慣」という注釈付きで、体験談をお話します。 冒頭で、「世界一運転マナーの良い国」であげた、日本。総じてよいのですが、一点だけ問題だと感じるのが、信号のない横断歩道での歩行者に対する対応。子供が待っていようが、老人が立っていようが、自主的に停まる車を殆ど見かけません。北欧では100%停まりますので(停まらないと罰則があるというのも多分にありますが…)、北欧にはちょっと負けているかもしれません。あと、日本独自の面白い運転マナーは、ハザードランプの使用方法。割り込みさせてくれたお礼や停車中に日本ではハザードを使いますが、海外ではハザードランプはあくまで「緊急停車」の意味。日本のように走行中に「サンキュー」の意味でハザード点滅させたら、後続車は恐らく急ブレーキを踏むことでしょう。海外旅行でレンタカーをされる際、くれぐれもご注意を! マナーのひどい国のキーワードは、1.発展途上国、そして、2.ラテン系諸国。この1と2を兼ね備えた中南米で自動車に乗ることは、本当に命懸けです。中南米は仕事で行く機会が大半だったので、現地では信頼できる運転手付きの車が多かったですが、時にはタクシーに乗らなければならないことも。道は穴ぼこだらけ、車はとても整備をしていなそうな古いオンボロ車。そして運転手は、自分にはアイルトン・セナ並みの運転技術があると信じ込んでいるラティーノ系。一般道をクラクションを鳴らしながら100km以上の猛スピードでバンバン走ります。後部座席にはシートベルトもないので、事故が起きれば即死です。時間を急いでいるときに、チップをはずんで「xx時までにxxへ到着してくれ」とタクシー運転手に頼む光景は、映画でも時々出てきます。そして私が中南米でタクシーに乗る時、決まって運転手に伝えたメッセージは、「チップをしっかりはずむから、制限速度でゆっくり走ってくれ。」というもの。とお願いしても、彼らはやはりラテン系。ラジオから好きな音楽が掛かると、自然とスピードも増してきます。キリスト教でもない私は、車の後部席でよく十字架を切ってお祈りしていたものです。 アジアも概してひどいです。特に歩行者の立場でいると、何度も轢かれそうになります。アジアの場合、どの国も急激に車社会へ移行している中、「車所有者=支配階級」というメンタル的な部分が影響し、ドライバーは我がもの顔です。実は私の後輩に、中国へ移住して事業を興した輩がおります。彼は中国で車を運転しているのですが、自動車保険に入っていないとのこと。(というか、外国人は手続きが厳しく、なかなか加入できないらしい) 彼は非常にまじめでしっかりしたタイプの人間なので、その彼が保険に入らずに運転するというのは信じられません。よくよく話を聞くと、彼が万が一事故を起こした場合、全て裏で調整をしてくれる闇ブローカーと契約を結んでいるとのこと。日本を抜いてGDP第二位になった中国ですが、実態はまだまだこんな感じのようです。 次に欧州ラテン系。「この車間距離なら割り込んでこないだろう」と思っていても、平気で割り込みをされ、何度もあわててブレーキを踏んだ経験は数え切れません。また、店の駐車場等から道へ入るとき、ドイツや日本なら数台に一台は必ず親切に入れてくれますが、ラテン諸国では絶対に入れてくれません。ではどうやって入るのか?答えは単純明快。日本なら絶対クラクションをならされるような、無理な割り込みをするしかないのです。でも面白いのは、イタリアで割り込みをして、クラクションを鳴らされた経験がありません。相手も無理な割り込みをいつもしている立場なので、無理な割り込みをされても特に不快に感じないようです。 面白いのが、フランス都市部の路上駐車。この話は有名なのでご存知の方も多いと思いますが、縦列駐車をする際、前後の車のバンバーに車を当てながら駐車をするのです。したがって、パリなどの路上に駐車する際は、サイドブレーキを引かないのが、パリドライバーの大切なマナー。 (フランス流パーキング:ユーチューブ動画) そして締めは、やっぱりドイツ。几帳面でシステマチックなドイツ人の性格は、運転マナーや交通規則にもしっかり現れております。まずは、ドイツらしい交通規則を5つ紹介させて頂きます。 1点目が駐車違反チケットの支払い未納率。欧米では駐車違反チケットの未払いが結構問題になっているようですが、ドイツでは殆どの違反者が即支払います。駐車違反代は1,000円程度と安いのですが、期日内に支払わないと、4-5倍の追徴金がかかり、5,000円の罰金額にかわった督促状が送られてきます。更に払わないと次は10,000円となるので、「安いうちにしっかり払っておこう」という心理が自ずから働きます。(細かい金額は忘れましたが、概ね上述したような感じです) 2点目が冬場のスタッドレスタイヤ普及率。雪が少ないところでも、初雪が舞う季節になると、皆競って冬タイヤに交換します。理由は単純。雪や凍結路面で事故があった場合、ノーマルタイヤの車には保険が下りないのです。 3点目はスピード違反の許容度。日本では制限速度から10km程度オーバーしていても警察は見逃してくれますが、ドイツでは1㎞オーバーでも違反は違反です。私も4kmオーバーでスピード違反のチケットを切られた時、泣きそうになりましたが、郷に入らば郷に従えで諦めました。 4点目はスピード違反カメラで撮られた写真の画像修整。一度40kmオーバーでオービスカメラが光り、後日写真が自宅に送られてきました。送られてきた写真の助手席側が、綺麗に黒塗りで潰されているのでした。そのことをドイツ人の同僚に話したところ、面白い話を聞かせてくれました。昔は助手席の画像も残したまま送られていたようですが、ある事件をきっかけに今の方法に変わったようです。愛人を乗せた男性の車、スピード違反でカメラが作動。後日その写真が自宅に送られ、浮気が発覚。離婚問題にまで発展した男性は、プライバシー侵害で国を提訴。詳細は忘れましたが、こんな経緯で今はしっかり黒塗りです。 5点目が、免停の期間選択制度。上述のスピード違反で、私は一発1ヶ月免停をくらいました。自動車でのバケーションを翌月に控え、さあ困ったなあと思っていたところ、思わぬドイツの温情制度に救われました。それは、免停から6カ月間の間なら、自分の好きなタイミングで1ヶ月の免停期間を選択できるのです。厳しさの中に温情も取り入れた、ドイツらしい制度です。 そして、最後にドイツらしい運転マナーのお話を。ドイツ人のドライバーは、概して親切で寛容。無謀なドライバーも少なく、運転しやすい環境です。そんな温和なドイツ人ドライバーも、信号の発進についてはとてもせっかちです。信号待ちをしていて、青になった瞬間に発進しないと、後続車から間髪いれずにクラクション。NYマンハッタンのタクシードライバーよりも、許容度が低いのです。あくせくしていないドイツ人が、どうして青信号で即発進しないと怒るのか?理由をドイツ人に聞いて、思わず笑ってしまいました。理由は単純明快。「青信号=発進」のルールを守っていないからなのでした。でも、いきなり発進は無理だろうというと、私の同僚は満面の笑みを浮かべて、「ドイツの信号がどう変わるか、よく注意して見た事あるか?ドイツの信号は他国と違い、赤の後に黄色となり、そして青になる。つまり、赤から黄色になったところで発進の準備をし、青になった瞬間に発進するのがドイツのマナーなのだ」と、勝ち誇ったように言われてしまいました。言われてみれば、確かに信号はそのように変わっていた。。。 愛すべき、ゲルマンドライバーです。

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ヒトラーが遺した唯一の功績

所要で、福井まで車で行ってきました。日曜日だったので、高速代は往復で2千円強。平日だったら恐らく1万円近くかかるので、何かとっても得した気分です。 でも、ふと考えると、たかだか数100キロの高速代に数千円かかるのは、恐らく日本くらいではないでしょか?発展途上国で車をレンタルして運転する勇気はさすがにないので、途上国での事情はわかりません。一方、多くの先進国の高速を運転した経験からいうと、日本の高速料金はぶっちぎりで世界一ですね。「高速代、結構取るなあ」と感じたのは南フランスとイタリアでしたが、それでも感覚的には日本の半額以下。日本と国の事情が似ていそうな韓国も相当安かった。米国、豪州、英国、ドイツは、ほぼ無料に近いです。 わが祖国日本では、高速料金の改定計画について、「約束した、約束を反故した」うんぬんの、痴話喧嘩のような低次元の言い争いで、政局は混迷を極めているようです。日本の高速料金が高いのは、色々な事情もあってのことでしょう。日本の交通事情を考えれば、無料は行き過ぎかも?今の半分か1/3程度が妥当な線なのかなと、個人的には思います。まあ、政治的な難しい話はこれくらいにして、今日は走り屋なら誰もが憧れる、ドイツのアウトバーンのお話です。 高速道路としての利便性(道路網/料金/渋滞/走りやすさ)の観点からみた場合、私の主観ではありますが、やはりアメリカとドイツの高速道路が世界でも群を抜いていると思います。ヒトやモノの移動手段として、道路と並んで評価される航空網と鉄道網。航空網ではアメリカがダントツ1位、鉄道網では日本がダントツ1位だと思います。そしてドイツは、1位との開きは大きいにせよ、航空網でも鉄道網でも恐らく世界のトップ3に入ると思います。総合的な交通インフラは、ドイツは世界で一番進んだ国でしょう。 そして、アウトバーン。ドイツ語のAutobahnを直訳すると「自動車専用路」。そのままです。アウトバーンが飛躍的に伸長したのが、第一次大戦敗戦後の1930年代。ナチ政権の時代です。背景には、軍事的、そして政治的理由が多分にあったにせよ、結果として今のアウトバーンの礎を築きました。 私の持論に、「各国の車メーカーが作る車を見れば、その国の国民性がわかる」というのがあります。それと並んで、「車メーカーの仕様を評価すれば、その国の気候と交通事情がわかる」というものもあります。例えばアメ車。だだっ広い道路に、日本の軽自動車が2台停めれそうな広々とした公共駐車スペース。10年くらい前まではガソリン1リットル30セント程度だったので、燃費を余り気にする必要はなし(今は、リッター70セントくらいに急騰してしまったようです)。信号が少なく、シフトチェンジをすることがないので、車はほぼ100%AT車。すいてて真っすぐ続く高速道路にもかかわらず、何故か制限速度は120km。車に求められるのは、ハイスピード性能より、頻繁に使用する高速ランプでスムースに合流できる加速パワー。まさに、アメ車のスペックそのままです。 一方ドイツ車は?色々ありますが、他国の車と一番違うのは、やはり時速150km程度で走る際の安定性です。他のヨーロッパ諸国では概ね120km前後の速度制限がありますが、追い越し車線では皆150km前後で走っています。ドイツではAUDI A4という車に乗っていましたが、A4と同レベルの日本車を運転する機会が一度ありました。AUDIでは全く感じなかった揺れを150kmくらいから感じ始め、180kmではガタガタ始まって「これ以上スピードを出さないで!」と車が叫んでいるようでした。欧州で日本車のシェアが伸びない理由の一つは、このあたりもあるのかもしれませんね。(因みに私の車のスピードメーターは、280kmまで数字がありました!) そして、アウトバーン。面白いのは、ヨーロッパの階級社会を反映してか(?)、アウトバーン上にも明確な階級社会が存在すること。追い越し車線は、貴族階級の御三家、ベンツ、BMW、アウディ優先。ポルシェやフェラーリも、特別階級として、追い越し車線を特権的に走る権利を有しているようです。中産階級のフォルクスワーゲンの高級タイプやフランスの高級車は、遠慮しがちに追い越し車線を利用。そして庶民階級のオペルやフィアット、チェコ産のシュコダは、走行車線が定位置。トラック等を抜く時のみ、貴族階級から追い越し車線をお貸し頂いて、パッと抜いたらパッと定位置に戻るというのが、アウトバーンを走行する上での暗黙のルールのようでした。 (アウトバーン332km体験はこちらから:ユーチューブ動画) そして、スピード感覚。F1ドライバーに欧州選手が圧倒的に多いのは、山道が多いこと、マニュアル車が大半なこと、そして小さいころから親が運転するハイスピード感覚に慣れていることだと、私自身は勝手に思っています。(イタリアやフランス南部の山道を、100km近いスピードを出しながら私の車を追い抜いていく地元の主婦ドライバーを見るたびに、彼らには永遠にF1では勝てないと実感します。。。) ドイツ人が運転する車に同乗し、250km走行を体験すると、最初はちょっと怖いものの、すぐに慣れます。一方、自分で運転するとなると、ビビりの私は実に怖い。150kmくらいまでは軽くいけるのですが、180kmだと視界がいきなり狭くなります。車は安定走行を続けていますが、私の心臓はガタガタ揺れ始めます。200kmまでいくとハンドルを握っている手が汗ばみ、220kmで息苦しくなってきます。「もう限界だあ!」という感じで、私の自己ベストは220km。というわけで、快適ゾーンが140kmのビビりドライバーである私は、オペルやフィアットと一緒に、走行車線階級を愉しんでおりました。 車の話題を出したので、次回は運転マナーについて語ってみたいと思います。

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Paris, Paris Part II

華の都パリ。街全体が色めき、活気に満ちた春~初夏が、パリを訪れるベストシーズンでしょう。また、落ち着いた秋の景色も素晴らしい。でも、私がパリで一番好きな季節は、何故か晩秋~冬。天気は悪いし、めちゃくちゃ寒い。「あまのじゃく」と言われても仕方ありません。 生牡蠣と白ワインが美味しい季節ということもありますが、実は学生時代に観ていたフランス映画の名作での印象が一番の要因です。白黒でアンニュイな雰囲気を漂わせていた、映画の中のパリ。陽気なパリより物悲しいパリのほうが、私にとってのパリだったからのような気がします。 こんなことを書いていたら、なんか無性にパリへ行きたくなってきました。巴里から「遠い太鼓」の音が聞こえそうですが、今の立場じゃ巴里病を癒す療養の旅は夢のまた夢。 そんな心境の変化もあってか、今観たいフランス映画が何かと問われれば、元気たっぷりの「ぼくの伯父さん、グランブルー、アメリの3本立て!」という感じ。「冒険者たち」も悪くない。 「鬼火」のような古くて小難しい、寒風の吹くパリよりも、今は小春日和で能天気なパリに行きたいです。 ~FIN~ 追記:3月11日の災害で、大切な方を失われた皆さまに哀悼の意を捧げるとともに、被害に遭われた方々に心よりお見舞い申し上げます。節電、ささやかな義捐金寄付、そして被災地区の一日も早い復興を祈るくらいしかできない自分の無力さを痛感しています。

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Paris, Paris Part I

「女とパリは留守にしてはダメだ」 ナポレオンの有名な名言ですが、意味は分かるような分からないような、何かビミョーなニュアンスがパリっぽいです。 実は私、昔からクラシック映画が好きで、学生時代は名画座で何本も映画を観てました。アメリカ映画の名作とは一味違う、フランス映画独特のカメラワークとストーリー展開。マルセル・カルネ、ジャン・ルノアール、ゴダール、トリフォー、ルイ・マル等々。彼らの描くパリと、印象派の画家の作品で、まだ見ぬパリのイメージが出来上がっていました。 そして、20代前半に敢行した2ヶ月半の欧州貧乏旅行。初めて接したヨーロッパの世界。人生観がガラっと変わりました。 その時パリには2週間滞在。当時仲が良かった日系ブラジル人の友人の弟がパリに留学していたので、パリ滞在中はそこへ御世話になることに。20年前の話ですが、その際に彼が言った一言が、今でも心に残っています。 「パリに住む外国人が、パリの社会で楽しく生活する3つの必須条件とは?それは、1.フランス語が話せること 2.自己主張が出来ること 3.白人であること」  彼はポルトガルが母国語なので、フランス語はペラペラ。ブラジル国内では日系のマイノリティーとして鍛えられているから、自己主張も問題なし。でも、肌の色は変えられない…とボソリ。同じ多民族国家でも、人種差別の比較的少ないブラジルから、ビミョーな視線の違いを肌で感じるパリへ。彼の、フランス社会に対するビミョーな心境がよくわかりました。 実は、当時私もアメリカに留学していたので、マイノリティが感じるビミョーさ加減というのも、よく理解できました。但しアメリカの場合、国の成り立ちから新参者に対する差別意識というのはいわば歴史のようなもの。私自身、差別を感じたことは何度もありましたが、陰湿感というのは余りありませんでした。 一方、その時の貧乏旅行ではパリには2週間しか滞在しなかったものの、確かにその旅で他の欧州諸国へ訪れた際に感じた空気と、パリでの東洋人に対する空気とは、明らかに違ったような気がします。上述した彼の持論で言えば、私は正に3重苦。それに加えてフランスフランの高さにおののく貧乏旅行者ということもあり、スーパーで買ったパンを一人公園で食べ、鳩にパンをやりながら、疎外感をごまかそうとしてました… では、そんなParisに嫌気をさし、「二度とParisへは行くものか!」と思ったかと言うと、答えはNon, Non, Non。 確かに疎外感はあるし、道ゆく道は犬の糞だらけ。物価は高いし、人は概して不親切。でも、そんなマイナス面を100倍返しても余りある、巴里には重くて深い文化がありました。 正に”Love and hate”(愛と憎しみ)。初めてインド旅行へ行った時と同じレベルの、それはそれはパワフルなLove&Hateです。 インドの凄さにハマってしまい、無性にインドへ再び行きたくなってしまうことを、巷では「インド病」といいます。その時すでに「インド病」のキャリアだった私は、「巴里病」も罹ってしまいました。以来、「インドとパリは留守にしてはダメだ」をモットーに、「慢性インパリ病」の重病患者として、スキあれば療養に出かけています。 To be continued…

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有終の美

前回、春の訪れ宣言をした矢先、京都は再び冬の世界へ。夜半過ぎからの降雪で、今朝(3月4日)の京都は銀世界。今年の”冬”は、結構しぶといです。京都市内の雪は根性がないので、昼前には恐らく溶けてしまうでしょうが、それにしても今年は雪が多いですね。やはり異常気象なのでしょうか? 日本では関東と関西にしか住んだことがないので、北陸地方等の厳しい寒さを経験したことはありません。一方、海外では、俗に言う「極寒」都市で何年か生活をしていました。特に米国シカゴの冬は、恐らく日本の樺太のような寒さではないでしょうか?冬場の平均最低気温はマイナス10度以下。寒い日は平気でマイナス20度まで下がります。そして、シカゴの曲者は、カナダからの冷たい風が氷結したミシガン湖を渡り、シカゴの街に吹き付ける「極寒風」。気温―20度に極寒風が加わり、体感温度は何とマイナス50度!北極並みです。昔、凍ったバナナで釘を打つ、石油会社のCMがありました。まさに、あの世界。Mr.インクレディブルというピクサー映画がありますが、その中に出てくる、全てを氷結させる「フレゾン」の世界です。少しでも湿気があると、容赦なくバリバリに氷結します。シャワーを浴びた後、髪の毛をしっかり乾かさないで外へ出ようものなら、一瞬にして髪は氷結ドレッドヘア。こんな極寒都市が、全米No.3の都市なのですから、米国はやっぱり懐が深いです。 シカゴほどではないにしろ、ニューヨークやドイツ・ハンブルグという、日本の北海道のような寒冷地でも生活をした経験があります。では、シカゴやハンブルグと京都での生活を比較した場合、どちらが寒いかと問われれば、「京都!」という即答になるでしょう。外気は勿論シカゴのほうが圧倒的に冷たいですが、生活が全て自動車移動で成り立っている都市(国)です。我慢しなければいけないのは、駐車場までの歩行時間と、車が温まる数分間。そして、決定的な違いは家の中。シカゴにしてもハンブルグにしても、家の中は部屋の隅々までセントラルヒーティング。冬場も室内ではTシャツ一枚でOKです。 そして、寒冷地生活者にとって一番の悩みの種は「雪」。京都市内のように、偶に降っても直ぐに溶けてしまう雪なら風情があってよいですが、北陸地方のように除雪作業が伴う雪は大変です。私の住んでいたシカゴやハンブルグでは、幸か不幸か、寒過ぎて、雪はあまり降りません。雪が降る日は、暖かい日なのです。逆に、雲ひとつない青空が広がった冬の晴天日は要注意。外は大概凍てつく寒さです。降雪するのは年に10日程度だった記憶です。 という訳で、海外で冬の寒さに苦労した経験はありません。が、ハンブルグでの積雪には苦労させられました。ハンブルグでは郊外の住宅街に住んでいたのですが、条例により、家の前の公道は、家主が除雪する義務となっているのです。条例なので法的義務はないのですが、そこは規則を重んじ、ルール化が好きなドイツ人。さぼって除雪をしない日には、近所からクレームが飛んできます。そして何より、公道を通行する歩行者がもし転んで怪我をした場合、その責任は除雪作業を怠った家主が負う法律です。いかにも”ドイツ”という感じで。 「冷たい雨が、夜更け過ぎから雪に変わり…」というと、山下達郎のクリスマスソングに出てきそうでロマンチックですが、ドイツで生活する男性諸氏には頭痛の種。翌朝6時前に目覚ましをセットし、通勤前に一仕事。ドイツの雪の日の早朝は、ラジオ体操替わりに、「ガッガッガッガ、シャッ」という、あちこちから聞こえる雪掻き音の輪唱で一日が始まります。 風情ある京都の冬は、今年は充分堪能しました。既にちょっと食傷気味。有終の美を飾るためにも、冬もそろそろ美しい引き際を考える時期がきているようです。

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春の前座役

長かったようで短かった今年の冬。気が付けば、2011年もアッという間に1/6(6分の1)が過ぎています。 そして、初春の訪れを感じさせる風物詩といえば? 私見ではありますが、寒さが依然厳しい2月に、「もうちょっと我慢すれば、春はもうすぐそこだよ」と、さりげなく報せてくれる、梅の開花ではないでしょうか?春といえば桜ですが、桜はあくまで春の中心です。スタープレーヤーです。野球でいえば、「春」チームの4番ピッチャーSakura。そして梅は、野球でいえば、さしずめ2番セカンド。渋めの役割を担っています。 桜は、やっぱり千両役者。寒さで人々の心が解放されていない3月上旬までは、姿かたちを全く見せません。気候も緩やかになり始め、新しい年度への突入が秒読み態勢に入ると、人々は心を開放し、気持ちを冬から春へ切り替えます。そして全ての舞台が整った4月初旬。「真打の登場はまだか、まだか」と人々の心が最高潮に達したところで、花道を一気に駆け上がり、人々の心を捉えます。 対して、梅は役割的には完璧な前座です。2月の上旬くらいからチョロチョロと咲き始め、春の訪れを静かに告げ始めます。そして、春の主役である桜の準備が整い次第、ひっそりと舞台を去っていきます。 正直言って、梅の花見にわざわざ出かけることは、私自身も今まで滅多にありませんでした。一方、上述したように、奥ゆかしい梅の役割を改めて考えると、梅の姿が何かとても愛おしく思えてきます。桜の引き立て役という立場に文句も言わず、平安時代以降ずっと春の前座を務めてきた梅の艶姿を、無性に観に行きたくなりました。(モノの書によると、奈良時代までは梅が花見の主役。そして、平安時代にその座を桜に譲ったようです) 京都で梅といえば、「北野天満宮」と相場が決まっています。早速、先週末(2月27日)花見にいってきました。開花は7分咲き程度。といっても、梅は桜と違い、全ての木が一斉に開花する訳ではないので、満開の木もたくさんありました。 さすが梅の名所だけあって、観光客で賑わいを見せていました。桜や紅葉のような華やかさや自己主張は全くなく、ちょっと艶っぽい芳香を漂わせながら、とても自然な表現で、梅が考える「初春」を描写しておりました。その表現に感動している訪問者は少なかったですが、「あー、春はもうじきなんだなあ」と、だれもが思わず感じる、優しい空間です。 京都御所も、北野天満宮と並ぶ梅の名所。今週末は京都御所で初春を味わうことにいたしましょう。

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